さて今回は、「軍事力の構築には、大変長い期間を必要とする」ということについて紹介をしたいと思います。
1、 軍隊の構成について
軍隊は戦闘或いは作戦を効率的効果的に遂行するため、指揮する単位を分隊(班)、小隊、中隊、大隊、連隊、旅団、師団、軍、軍団(方面軍)等に区分しています。
分隊は、7〜8名、小隊は、3〜4個分隊、中隊は、3〜4個小隊、大隊は、3〜4個中隊等々に編成していきます。職種(旧軍では兵科・歩兵、砲兵、戦車兵等)によって、人員数は異なりますが目安として、小隊30名、中隊150名、大隊400名というところだと思います。そして、連隊は1,000名、師団は10,000名となります。
小隊長(少尉)以上の中隊長、大隊長、各隊本部の参謀(幕僚)等を将校(士官、幹部)といいます
2、 軍人教育について
(1)一般的な補充体系
1. 兵員(二等兵)
2. 下士官(陸曹)
3. 将校(幹部) に分けられます
(2)将校(幹部)教育
ア 軍の骨幹をなす将校・教育は、士官学校に拠っています。
陸・海・空軍毎に将校養成学校(士官学校)があります。
イ 士官学校においては、一般大学とほぼ同等の幅広い教養を身につけさせるとともに、軍人特
に将校として必要な軍事学、科学技術、統率学等を習得させますが、その期間は、ほぼ4年間
程度になっています。
ウ その後、小部隊の指揮統率の教育・実践、中隊のそれ、連・大隊参謀・幕僚の教育、実践等
を経て大隊長(中佐)になります。
エ 以上総合して、士官学校入校から約15〜20年かかるのが、一般的のようです。
(3)兵士(一般隊員)の教育
ア 最も一般的で基本的(職種を問わず必要)な小銃手について考えてみます。小銃手は、分隊で最も若い人たちです。小銃弾を発射しこれを命中させて敵をやっつけることが任務です。入隊してすぐの人たちに小銃射撃を教育するわけですが、ただ撃つだけであれば、ちょっと勘の良い人だと1週間位で、約200メートル離れたところの人の大きさの標的に当たるようになります。
しかし、4〜500メートルを走ったり、匍匐したりして射撃をし当たるようになるためには、基礎体力の練成を含め約3ヶ月位は必要になります。
また、夜間、悪天候、数日間の不眠不休後の射撃になりますと半年から1年を要します。
敵が、自由意思を持って逃げ隠れするようになりますと、これを捕捉し命中させるのは、至難のわざとなり、その訓練は極めて長期間を必要とします。
イ 他の職種の新隊員たちは、この小銃射撃に加え、大砲や戦車砲、ミサイル等を撃つわけですから、一人前になるには、数年が必要です。
(4) 結論を言えば、戦後の日本のように廃墟の中から立ちあがる、いわゆるゼロの状態からスタートすれば、縦横無尽に軍隊を率いて作戦行動を行いうるプロの軍人(中佐)を作るためには、約20年の歳月を必要とする、ということです。
また、大隊長を指揮する連隊長、その上の師団長等の確保になりますと大変な期間を要するということになります。
3、 軍事技術について
軍事技術では、人の養成と同じくらい重要で、期間を要するのが、国産による武器、戦闘機、戦闘艦艇の調達です。残念ながら、科学技術の発展したわが国は、憲法により戦闘機やイージス艦、大砲の砲身等の一部については、未だに自前で生産することが出来ない状態です。
4、 結 言
(1)軍隊の基幹になる将校(士官・幹部)の養成には、大変な期間を要するということを述べてきましたが陸上自衛隊の歴史を振り返ってもそのことが良くわかると思います。
陸上自衛隊は、昭和29年(1954年)に発足しました。以来、歴史を重ね幾多の変遷を経て、初のPKOの任務に就いたのが平成4年(1992年)のカンボジアです。発足以来38年の年でした。
その後、モザンビーク(1993年)、ルワンダ(1994年)、ゴラン高原(1996年〜)、東ティモール(2002)、イラク(2004)と、国際任務を極めて成功裏に遂行して来ました。
勿論、当時の内外の政治情勢等に拠るところが大きいと思いますが、カンボジアまで自衛隊発足から約40年間、しっかりした教育訓練を行って来たからに他ならないと思います。
(2)国が、独立国家として平和と安全を保持するためには、国力に見合った規模の、健全で、精強な軍隊を持つことが必要不可欠であることは、歴史が証明するところであり、論を待たないところであります。
しかしながら、そのためには、国も、国民も膨大な予算が必要だということ、そして一度軍隊が消滅すれば、再建のためには気の遠くなるような期間が必要だということを銘記しておくことが肝要だと思います。
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